バングラデシュの貧困問題
バングラデシュの貧困問題
(ユヌス教授による)
建国以来、バングラデシュは世界で最も貧しい国の一つとして知られる様になりました。 人口過密、洪水、森林伐採、浸食、土壌枯渇、自然災害といった過酷な生活環境との戦いがずっと続いています。 しかし私たちは、 貧困とその解決法に関する新しい考え方を進んで受け入れれば、解決は可能だと考えています。
私たちが抱えている問題について、運命や自然や神様を非難することはできるとは思いません。 バングラデシュの真の問題は、自然災害ではないのです。 真の問題は、人間が作り出した広範囲にわたる貧困です。
安全への歩み
サイクロン、洪水、高潮は、他の国々でも起こります。 ほとんどの場合、それらの災害はバングラデシュで見られる様な大きな悲劇にはなりません。
なぜなら、他の国々は防衛手段や立派な堤防を作れるほど十分裕福であるからです。 カナダやイギリス、フランスの河川でもバングラデシュとよく似た高潮が起こりますが、 浚渫機(しゅんせつき)や土手を作る事により、人命への影響や脅威を最小限にとどめています。
バングラデシュでは、多くの貧困層が自分達を守るのに最低限必要な安全さえ理解することもできないのに関わらず、貧困や人口過密により、さらに危険な地域に追いやられ、そこで生計を立てるすべを見つけざるを得なくなってきています。
世界平和を脅かすもの
したがって、貧困は、人々に命を脅かす危険を伴う困難や不幸を強いるだけではありません。 貧困は、人々が自分の運命を自分で決められるという事を不可能な事であるかの様に見せてしまうため、 人の権利を究極的に否定するものです。 この国や他の国でも、言論や信仰の自由が迫害される時、これに反応して、世界的な抗議運動がしばしば展開されます。
貧困によって、世界の半分の人の人権が侵害されていますが、 われわれのほとんどが進む方向を変え、前向きに進んでいます。
同じ理由で、貧困は、テロリズムや宗教対立、民族対立、政治上の対立や、 暴力や戦争を促すものとしてしばしば引き合いに出される他の世界を脅かすものよりも、世界平和をもっとも脅かす脅威かもしれません。
希望の喪失
貧困により、人は希望を失い、自暴自棄になっていきます。 何もせずただ運命を受け入れるより、状況を良くする小さな可能性を伴った行動をとる方がいいので、 何もせずに暴力を我慢するもっともな理由は、何もありません。 貧困が、経済的な難民生み出し、人々の衝突を引き起こします。
貧困が、人々や、仲間、国の間で、不足している資源、水、作物を生産できる土地、エネルギー供給、必需品をめぐってひどい衝突を引き起こします。 お互いに貿易を行い、エネルギーを経済発展に充てる裕福な国々では、 貧困によって簡単に戦争に訴える非人間的な国々と戦争になる事は滅多にありません。
マイクロクレジットによって人々が貧困から抜け出られるマ イクロクレジットは、平和をもたらせられる長期に渡る影響力です。 バングラデシュは、その力を示すことができた活きた例です。 今日、バングラデシュは、革新的な社会とビジネス的な考え方によって徐々に変化している、 世界で最も貧しい国の一つであり、生きた実験場です。
この20年間で、バングラデシュの貧困層の人々の生活環境は、どんどん改善していきました。 統計もこれを物語っています。
前進の兆し
(世界銀行の様な、国際的な支援組織によって測定された)バングラデシュの貧困率は、 1973-74年は大体74%でしたが、1991-1992年は57%、2000年は49%、そして2005年は40%へと減少しています。
貧困率はまだ高いが、1年に1%程度ずつ減少し続けており、1%ごとに何十万人ものバングラデシュ人の生活が極めて改善されていることを示しています。 バングラデシュは、2015年までに貧困を半分に減らすというミレニアム開発目標のゴールを、 順調に行けば達成できます。
さらに注目すべきは、バングラデシュの急速な経済成長は、ほとんど格差をもたらさずに達成されている事です。 所得分配の不平等さを表す指標として一般的に使用されているジニ係数は、 1995年には0.30でしたが、2005年には0.31であり、ほんのわずかしか変化していません。
2000年以来、国民ひとりあたりの所得は、最下層10%の人々もトップの10%の人々も同じ伸び率(2.8%)で増加していることは、注目に値します。
明確な成長
貧困の急速な改善は、経済的な成長、雇用形式や経済構造の変化に現れています。 バングラデシュ経済は710億ドルで、南アジアでインド、パキスタンについで3番目であり、 バングラデシュの経済成長率は、1980年代はたった4%でしたが、2000年以来平均5.5%、2006年には6.7%に達しています。 加えて、1980年代には1%であった国民1人当りの成長率は、現在では3.5%に増加しています。 自給自足の依存度は、徐々に減少しています。
2005年には、田舎の地域に住んでいる人の主な収入が、農業労働者より非農業労働者の方が多くなりました。 そして、今、GDPの50%をサービス業が占めています。
バングラデシュは、地球でもっとも人口密度が高い国の1つであり、人口増加が主な問題であったが、 1970年代には年平均3%だった人口増加率が、2000年には1.5%に抑制されています。 これは、インドの1.4%に近く、パキスタンの2.5%より低くなっています。
生活の質
この人口増加の抑制は、子供達を育て、きちんとした教育機会を子供に与える家族が増えている事を意味しています。
これはまた、何百万もの女性が子供を産んで、育て、また産んで、という終わりのないサイクルからの開放や、彼女達が生産的な仕事をする事で、生活水準の改善を手助けする機会を与えているという事も意味しています。
人口のコントロール
大きくはヘルスケアの分野での進歩により、人口増加が抑えられています。 子供達の生存率が上がるにつれて、 親たちは、もはや2人のこどもを大人に育てるため5〜6人の子供を産む必要がないと考えられるようになり、家族計画に自信が持てるようになったのです。 1990年代で、出生前にヘルスケアを受けるバングラデシュの母親の割合は、2倍になりました。
結果の一部を紹介すると、1990〜2006年の間に、バングラデシュの幼児の死亡率は、 半分以下になりました(1000人の子供のうち、100人だったのが41人に減少)。
加えて、5歳以下の幼児の死亡率は1000人、インドでは87人、パキスタンでは98人だが、 バングラデシュでは52人です。
ヘルスケアと平均余命
2005年の段階で、最貧困層の世帯20%の内、身体に十分な免疫が備わっている1歳児の割合は、 インドの21%、パキスタンの23%に対し、バングラデシュは50%です。 81%近くの子供達がはしかの予防接種を受けていますが、インドでの割合は58%です。
発育が止まった子供達の割合は、1985-86年はほぼ70%まであり、2004年には43%にまで低下しましたが、子供の栄養失調は依然として深刻な問題です。
平均寿命の統計は、1990年代前半は56歳付近でほとんど変化しませんでしたが、その後上昇を始めています。 2006年までには、平均寿命が65歳になりました。女性の平均寿命が男性より低いという異常な状態はついに逆転し、女性は65歳、男性は64歳という状況です。
教育の機会
子供達に対する教育の機会もまた、改善されました。 小学校の最終学年(バングラデシュは5年生が最終学年)を卒業するこどもの割合は、 1990年には49%でしたが、2004年には74%に増加しました。 識字率は、1981年にはたった26%でしたが、1990年には34%に、2002年には41%に改善されていきました。1990年代には、中学校に出席している子供達の数は、3倍になりました。
現在、中学校に在籍している生徒数は、男子より女子の方が多い状況です。 これは、1990年代初頭、中学校に在籍する男子の数が女子の3倍であったことを考えると、南アジアに比類のない大変な偉業です。
保険衛生
シェルターの質や基本的な公衆衛生と通信手段を利用できる環境は、最近ではすべて十分に改善されています。 草葺き屋根の家で暮らしている家庭の割合が、2000年には全体の18%でしたが、 2005年までに7%まで低下しました。
公衆衛生向上キャンペーンにより、2000年には54%だった安全なトイレの割合が71%にまで向上しました。 携帯電話の登場により、2000年に2%だった電話サービスの利用者の人口比率が、14%へと上昇しました。
災害に対する守り
バングラデシュでは、自然災害のショックに持ちこたえる能力が、十分に高まってきています。 1998年にひどい洪水が起こり、国民一人当たりのGDPを急落させましたが、 2004年に同様の洪水が起こっても、経済成長にほとんど影響を与えませんでした。
この災害に対する回復力の向上は、多様化した経済とバングラデシュの至る所に整備された早期警報システムやサイクロンの避難所を含む緊急対応能力の向上に起因しています。 1980年から2004年の間に、人間開発指数(HDI:the Human Development Index、発展途上国の生活水準を測る指標として広く用いられている)は、インドでは39%、スリランカでは16%ですが、バングラデシュでは45%にまで増加しています。 2004年の国民一人当たりのGDPは、バングラデシュと比較してインドが68%、スリランカが200%以上高いにも関わらず、です。
*注釈
人間開発指数(HDI:the Human Development Index):人々の生活の質や発展度合いを示す指標
国際社会への応用
これらの数字が示す様に、バングラデシュの貧困問題は改善していますが、解決にはほど遠い状態です。 バングラデシュは未だに世界で最も貧しい国の一つであり、 何千万人の人々が、生存できる最低限をやっと超える程度の水準で生活をしています。 しかし、社会的な動向や経済的な動向は、いい方向へ進んでいます。
バングラデシュが直面している挑戦とその機会は、 世界の発展途上国の多くに共通するいくつかの重要なテーマを示しています。
1.成長の機会を探る時に、その地域と世界におけるその国の潜在的な役割を分析しながら、発展について戦略的に考える必要性
2.貧しい国々に対する伝承、固定概念、仮説やそれに基づく隣国との関係を克服する必要性
3.抱えている問題だけではなく、国と国民の潜在的な力をも見極める、新しくて積極的な、開発へのアプローチを見つける必要性
4.通常は政府によって解決されるべきと考えられている、社会的、経済的な問題にソーシャルビジネスが どのように役に立つことができるか、考える必要性
これらのアイデは、バングラデシュだけでなく世界中の貧困に喘いでいる他の多くの国々に対しても、 貧困が与える影響を軽減できるという希望を示しています。
編集記:要点は、ムハマド・ユヌス教授の著書「貧困のない世界を創る」から採用。
著作権は、Public Affairsに帰属(2007年)。出版社の許可を得て再版。